第11回東海道ウォーキング(御油追分~吉田宿) 【'19/3/21】

3月21日、御油宿追分~吉田宿まで行ってき
ました。9時過ぎ御油宿に到着、冷たい雨が
降る中、レインコートを着て傘を差しながら
御油追分を出発です。東海道ウォーキングで
は、初めての雨です。
御油追分は、東海道と姫街道の分岐点になっ
ています。姫街道は浜名湖の北を通り、東海
道見附宿に至っています。
最近では、東名高速と第2東名高速があるよ
うに、江戸時代の東海道を迂回する北回りコ
ースがあったのですね。
【御油追分~吉田宿 Map】
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【御油追分の秋葉常夜燈】
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【民家の軒先でレインコートを着る】
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レインコートの中が、濡れて気持ち悪くなっ
てきました。1時間半ほど歩き、豊川市境を
超えた頃から、小降りになってきました。
伊奈村の「伊奈一里塚跡」です。石碑がぽつ
んと建っているだけで、盛り土や榎が見当た
りませんね。街道沿いには、竹藪が所々見ら
れましたが、住宅が建ち、旅人の目印であっ
た一里塚がなくなるのは惜しいですね。
【伊奈一里塚跡】
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一里塚石碑の隣に山本太鼓店が有ります。創
業慶応4年(1868年)と云うから、150年前
から太鼓を作っていたようです。早速さ、お
店の中に入り見せていただくことにしました。
大きな太鼓から小さなものまで、たくさんの
種類が陳列されています。
もうすぐ春祭り、「どんどん」と太鼓の音が
聞こえる季節になりました。
【山本太鼓店】
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伊奈村立場茶屋跡です。吉田宿と御油宿の中
間にあたる宿場です。芭蕉が加藤鳥巣を訪れ
た時に詠んだ句碑
「かくさぬぞ 宿は菜汁に 唐が羅し」
が建っています。
俳句の内容から、当時の伊奈村宿の質素な食
生活が伺われれます。
【伊奈村立場茶屋跡】
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豊川放水路を超えたところでお昼なり、食堂
を探していたら豊橋魚市場が目に入り、場内
を覗くとガラーンとして、人影がありません。
今日は休みのようです。近くを歩いていた人
に食堂を聞くと、市場の向かい奥に「山本農
園」を教えてくれました。20分位待つと「
黒とん定食」が出てきました。大きなひれ肉
で味噌だれが合い、とても美味しかったです。
すっかり雨も上がり、1km程行くと「瓜郷遺
跡」に来ました。昭和22年に豊川の改修で発
掘された遺跡で弥生時代の竪穴式住居が復元
されています。その萱葺き住居の大きさと精
密さに驚かされます。本当に弥生人
(2,000年前?)が造ったのでしょうか。
【瓜郷遺跡】
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旅も終盤になって、豊川の豊橋を渡り、吉田
宿に入ってきました。最初に西惣門(番所や
勝手駒寄場があったところ)が復元されてい
ます。原寸大であれば、迫力があり名所にな
ったかもしれませんね。
【西惣門】
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宿場の中ほどには、脇本陣跡・本陣跡があり
ます。吉田宿(現在の豊橋中心街)は、すっ
かり都市開発され、江戸時代建物残っていま
せん。今は鰻屋さんになっています。
【吉田宿本陣跡】
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今日の終点「東惣門」に到着です。「西惣門
」と同じように復元ざれていますが、瓦屋根
が今風ですね。
【東惣門】
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R1号線の歩道橋を渡っていると、路面電車
がやって来ました歩道橋手前で、減速してく
れたので、写真がうまく撮れました。
路面電車は、数十年前まで豊川市民の主要な
足だったのでしょう。これも時代の移り変わ
りで寂しいですね。
【東八町歩道橋の下を走る路面電車】
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歩道橋を渡ったところに大きな「秋葉常夜
燈」が建っています。東海道の交通の要所
と栄えたので、立派な常夜燈です。
今日は、距離15.5km、5時間20分かかり
ました。お疲れ様でした。
【吉田宿 秋葉常夜燈】
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次回は、吉田宿~白須賀宿まで歩きます。



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