第4回東海道ウォーキング(石薬師~四日市宿・多度神社)

12月19日、今年最後の東海道ウォーキングに行ってきました。
今回は、久しぶりに12名参加です。東近江市芝原会館を日が登
り始めた午前7時に出発し、R421号の石榑トンネルを抜けて、
三重県に入ります。石榑峠付近は、先週降った雪がまだ路肩に
残っており、気温-2℃の寒さです。

8時半過ぎ、出発地点の鈴鹿市石薬師宿に到着です。
朝が早いので、佐佐木信綱記念館は、まだ開いていませんでした。

【石薬師宿 佐佐木信綱記念館】
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【石薬師~四日市宿・多度神社までウォーキングルート図】
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【小澤本陣跡 佐佐木信綱の歌】
会館のすぐ近くに「小澤本陣跡」があります。
信綱かるた道と書いた石板に「願わくば われ春風に 身をな
して 憂ある人の 門をとはばや」の歌がありました。

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小澤本陣には、有名な大岡越前守や浅野内匠頭が宿泊した
記録が残っているようです。

【小澤本陣跡】
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宿場を歩いて石薬師宿東口にやってきました。ここは、北町の
地蔵堂です。案内板の下に「信綱かるた道」短歌集があり、い
ただいてきました。

【北町の地蔵堂】
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【信綱の短歌集】
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【石薬師宿の東口】
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鈴鹿市国分町のR1号線信号を超えると四日市市に入ります。
出光GSの所に「釆女一里塚跡」石碑がありました。
石碑のみで一里塚の痕跡がありませんね。

【釆女一里塚跡】
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「釆女一里塚跡」石碑から100m程行った右側の旧東海道へ
入った所に看板があり、ここにも「釆女一里塚跡」と記されて
います。以前、土盛があったそうですが、R1号線の拡幅工事
で撤去され、先ほどのGS前へ後世に残そうと碑が建てられた
ようです。

【江戸時代にあった釆女一里塚跡:現在は平地です。】
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R1号線の先に四日市市街が見えてきました。
旧街道は、日本武尊血塚社・芭蕉句碑が続く杖衝坂です。
急な坂道を下って行きます。杖衝坂は、「伊吹山で大蛇
と戦って傷ついた日本武尊が剣を杖代わりにして超えた
坂で、途中にある井戸で喉を潤し、血塚社は傷による出
血を封じたところからきているそうです。
この話は、古事記や日本書紀に出てきます。
ロマン溢れる杖衝坂です。

【血塚社】
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【急な杖衝坂を下る】
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坂の途中に、「徒歩ならば 杖つき坂を 落馬かな」と芭蕉
が詠んだ歌碑が建っています。
芭蕉は、杖衝坂で落馬したようです。

【芭蕉の句碑】
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杖衝坂から下りてきて、釆女橋跡手前の休憩場所で
一休みです。

【内部川の休憩場所】
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内部橋を渡り、小古曽から東海道と伊勢参宮道の分岐点
「日永の追分」に来ました。「右京大阪道、左伊勢参宮道」
の石碑、常夜燈・鳥居があります。

【日永の追分】
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泊町に入ると「一本松」が見えてきました。
かつては松並木があり、現在はこの1本しか残っていません。
江戸時代、この辺りは縄手と呼ばれ人家はなかったそうです。

【泊町の一本松】
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四日市市街に入り、R1号線を横切ったところに旧東海道
「すぐ江戸、すぐ京伊勢道」道標があります。この辺りは
宿場の中心で栄えたところですが、今はひっそりとして、
多くの商店が閉まっていたり、空家になっています。

【四日市の道標】
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黒川本陣跡、帯屋脇本陣跡があったようですが、今は商
店になっており、昔の面影はありませんね。唯一、天文1
9年(1550年)創業の「なが餅」で有名な笹井屋ありました。
外から見ると土蔵のような造りをしています。

【笹井屋】
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四日市宿東口から海蔵橋を渡ると、今日の終着点「多度神社」に
到着です。ここまで、13.6km、4時間かかりました。

【多度神社にて】
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今年も、1週間ばかりとなりました。正月は、15日に恒例の「お多
賀さん初詣ウォーキング」を予定しています。

来年も、東海道を歩きます。



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